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ラッキー7の男【Life is 篇】
2007年04月18日 (水) | 編集 |
ラッキー7の男【親のエゴ篇】からのつづきです。。
非常に長いです。。(笑)
それでもよろしければお付き合いくださいね。。






私と同じように子供が障害もっているお母さんたちの話や、療育で通っている発達センターや音楽療法の先生方のお話、また発達の経過を定期的に診てもらっている染色体異常専門の大学病院の先生のお話、以前臨時で勤めていた中学校で、今でも交流を持っている特殊クラスの先生たちのお話、知的障害者更生施設で働いている知人のお話・・・・


いろいろな立場にたって障害児を見てきている人たちのそれぞれの意見を、私なりに収集できる範囲でお話を聞かせてもらっているのですが、



改めて私なりに伊織クンの将来、伊織クンの就学問題を考えた時、伊織クンを養護学校に入学させた方がいいのか、普通学校に入学させた方がいいのか、という問題の前に、



一つだけ、どうしても
譲れない想い
というものが自分の中に存在する事に気がつきました。。


伊織クンは現在の発達状況を見る限りでは、中度から重度の知的障害があるといわれている、という事は、以前から日記で何度も打ち明けています。。



今のところ、意味のある言葉も出ていないし、食事・排泄・道具の使用にいたるまで、ありとあらゆる面での介助を必要としています。。



医療・福祉・教育関係の方々から見れば、この状態が今後幾分か改善されるにしても、やはり伊織クンにとって望ましい就学の場は、その子の発達に応じて適切なフォローが期待される養護学校がふさわしいのでは・・、とおっしゃると思います。。



でも私は自分の譲れない、ある一つの想いのために、今のところ伊織クンを養護学校に入学させようという選択肢に大きな疑問を感じております。。




この譲れない想いとは何なのか・・・・・


それは、伊織クンの将来の自立を考えた時、考慮しなければならない事はたくさんありますが、その中でも私が最優先で考えたいのは、


一般の健常の方々との日常でのふれあい、または対人関係の築き方


という事です。。
この事を文字通り優先して学校を選ぶのであれば、障害児を健常児から分離して学ばせる養護学校は選択肢からはずれてしまうかもしれません。。



私の住んでいる地域の養護学校でも、もちろん地域交流の大切さを訴えその実践に努力をしている学校ではありますが、でも現実的には、今のところそれは学校行事の一環としてであり、日常の生活の中で同年代の子供たちや一般の人たちと触れ合う機会はほとんどありません。。



学校行事ともなれば何ヶ月も前から担当者が決まり、関係各機関との緻密な打ち合わせを得て、安全面を最大に考慮した構成になってはいるのですが、



でも当日の決められたタイムスケジュールに沿って流れていく時間の中では、私が望む


一般の健常の方々との日常でのふれあい、または対人関係の築き方


を伊織クンが体感するのは非常に困難なことです。。
この事を考えると、やはり就学については普通学校に入学させた方がいいのかな、という考えが私の頭を占領してしまいます。。






ただ、誤解がないよう最初でことわっておきたいのは、
私は養護学校での教育プログラム、養護学校での先生方を始めとする職員の皆さまの日々の努力、また、障害を持つわが子の教育の場として養護学校が最適であると考えられ、入学させたご両親の想い・教育方針を否定するつもりは一切ありません。。



それぞれの立場で障害のある子供の将来を考えてご尽力をなさっている方々には敬意の念を隠せませんし、我が子の将来を案じたからこそ、悩みに悩んで、考えに考えて、あらゆる機関からの情報も集めて養護学校入学を決断した親御さんの気持ちは痛いほどわかります。。



だからこれはあくまでも、私一個人の考え方にしか過ぎません。。
私が今まで生きてきた環境の中で培われた【モノの考え方】、【モノの判断基準】、【モノに対する価値観】、【固定概念】・・・・


そして、どの専門家を差し置いても、《伊織》という一人の人格ある人間の成長を一番間近で見てきた者として、また将来【地域の中で当たり前に暮らす事ができる】という彼の人権を彼と共に主張できる、一人の一個人としての私の意見なのです。。





今の私は、障害児の母親としても健常児の母親としても、まだまだ世間知らずの甘い部分が多い人間です。。


正直、地域社会での障害児の教育環境とその問題、地域社会での障害者の置かれている現状に関しては、実感として感じている事は少ないです。。


障害児を持つ先輩ママたちとの交流によって、子供の就学に関する様々な問題やトラブル、また成人した後の就職問題などの【体験談】を聞く事によって、ある程度の現状を把握しているしかすぎません。。



でもここで冷静になって考えておきたいのは、これから伊織クンの成長と共に起こりうるであろう様々な問題を実感して、現状に合わせた対処をとらなければならないという事も大切かもしれませんが、でもその前に、私はたとえ息子が障害児であっても、



人権ある一人の人間である



という事を忘れてはならないのではないか、という事です。。
この事を強く念頭においておかなければ、ややもすると、


障害児


というキーワードだけで、すべての物事に対応せざるをえない結果に終わってしまうのではないかと思うのです。。



もちろん、先天的、或いは後天的な何らかの問題によって、知能的・身体的に障害を負った障害児には、自力で通常の発達過程を踏む事ができない以上、周りからの特別な発達支援というアプローチは必要不可欠なものです。。またそれ自体、憲法で保障されている彼らの生きる権利の一つでもあります。。


でも障害児の親が、障害を持つがゆえに、我が子の成長期に技能的な発達だけに関する支援、既存の差別や偏見から身を守るための手段だけに特化すれば、時として、それは子ども自身の、


《将来地域社会の中で生きていく権利》


を放棄することにも繋がりかねません。。






何のための発達支援アプローチか、何のための自立支援教育か・・・・・・
すべて、障害をもったわが子が、障害を抱えながらも、決して特異な生き物ではなく、

一人の人間として

地域社会の中で、その子なりの自立を獲得して生きていくためではないでしょうか。。


子供は学童期・学齢期を経て、成人して生きていく時間のほうが長いのです。。
でも親はいつまでも我が子の面倒をみることはできません。。
確実に親のほうが子供よりも早く年老いていきます。。




私は人が社会で生きていく中で、【絶対的必要条件】というものがあるとするならば、それは技能的な力ではなく、人間関係をつくる力だと感じております。。



特に伊織クンのような知的障害を持つ人に限っていわせていただければ、技能的な力を何年もかけて身につけることが出来たとしても、実社会に出て、一般の方々という存在を知らなければ、また、彼なりの一般の方々との《付き合い》ができなければ、対人関係がもとで職場を離れる結果に終わってしまう可能性が非常に高いと思っています。。



またこれは絶対に考えたくない事なのですが、一般の方々の存在を知ることなく、且つ、閉鎖的な自分の世界だけに己の精神が留まった場合、その上で、社会からの障害者に対して理解のないマイナス的な力だけを本人が受け止めた場合、最悪な結果として、


二次障害


による、反社会的な行動にでて、【犯罪】を犯してしまうこともあり得るかもしれません。。




そうなれば、彼は一生隔離された施設の中でその一生を過ごす事になるでしょう。。


もちろん!、そうならないように、
絶対に我が子の人生を、そんな虚しい、哀しい人生で終わらす事が絶対にないように、

私は時として自分自身と、
時として社会の矛盾と、闘わなければならないと強く思っています。。



いずれにしても、私は伊織クンの生涯を考える時、彼が地域社会を知らずに、狭い、福祉の手が行き届いた施設の中だけで一生を過ごすなんて事は考えてはいません。。
たとえ現実の障害者の社会参加のチャンスが、軽度知的障害者であっても非常に稀であるという事がわかっていても、です。。
今この時点で、諦めるなんてことはできません。。




何のために生まれて来たのか・・・・・
障害をもって生まれてきたのはただの不幸な偶然か・・・・
でもその障害があるがゆえに何十年ともいう長い一生を《生かしてもらう》だけの存在になるのか・・・・・・




私は自分が育児に疲れ、自分の心がわからなくなった時でさえも、ふとある瞬間、こんな事を考える事があります。。




でも、伊織クンがつぶらな瞳で私の顔を覗き込む時・・・・
赤ちゃん体型だった伊織クンの手足がいつの間にかスラッと伸びていて、幼児体型になってきたなぁ、と思うとき・・・・
大好きな外に出て、風の音、道を往来する車や人の音を感じ、何ともすがすがしい純粋無垢な笑顔で、周りを見渡す伊織クンの顔に見とれている時・・・・・




医学や生物や物理という科学的な立場に立って物事を考えるのであれば、障害を持って生まれて来たことは、単なる確立的な偶然かもしれない・・・・


宗教や哲学やスピリチュアルな立場に立って考えるのであれば、それは選ばれて生まれて来た、といわれることかもしれない・・・・・



その時々で、私はどの立場に立っても考える事はありますが、
でも、所詮、正しい【答え】なんて、私の一生をかけて考えてもわからないのかもしれない。。
ただ一つ言える事は、



存在するからには価値がある



だから、障害を抱えながらも、伊織クンには
地域社会の中で生きていく権利がある。。


そしてそれと同時に、権利を主張して生きていくからには、彼自身、
地域社会の中で彼なりに果たすべき義務も発生するのだ

という事でしょうか。。


たとえその事自体を伊織クン自身が自覚できていないとしても・・・・・。。


伊織クンが就学の年を終えるのは14年後のことです。。
14年後の社会を私はあまり悲観的には考えておりません。。


自分の気持ちが塞ぎ込もうとする時、大好きな
平井堅さんのこの歌の最後のフレーズ →クリックすると流れます。。
にひたってばかりいるからでしょうか・・。。(笑)



でもしょうがありません。。
障害児の母親としては4年の経歴しかありませんもの。。
今はまだ、感傷的な時期なのです。。(笑)



永遠はどこにもない。。
誰も触れることはない。。

でもキミが笑うと
その先を信じてみたくなる。。
手を伸ばしたくなる。。

答えなどどこにもない。。
誰も教えてくれない。。

でもキミを思うと
この胸は痛みを抱きしめる。。
それだけが真実。。


                        ~平井堅 『LIFE IS』~




いつも、いつも応援ありがとうございますっ。。本当に感謝しております!!
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コメント
この記事へのコメント
tokuさん
tokuさん、コメントありがとうございますっ。。
返信が遅くなり申し訳ありません。。
火曜日から伊葉チャンが肺炎にかかってしまい、入院とまではいかないのですが、毎日病院で点滴をうって貰っています。。
↑あ、でも思ったより元気で、痛い処置をする看護婦さんの顔を覚えたのか、彼女を見ると、『ダメーーーー!!!』っと叫びまくっております・・・・。。v-13

お店で私のブログを見たパパが、先にtokuさんからのコメントを読んで、『いつもいつもありがたいコメントを送ってくれる人だね。。』と言っておりました。。
人生の大先輩でもあるtokuさんから頂くコメントは、本当にいつも奥が深くて、私も毎回じっくりと読ませてもらっています。。

特にtokuさんのコメントの、《そのように幅のある中に「核」となる1点、己が信じる1点を保持している人・・・・・。
そういう人ほどフレキシブルで柔軟な考えや行動が取れるような感じがします。
折れることなく、シナヤカに・しぶとく、生きていけるような感じがします》という部分は何回も何回も読ませていただきました。。

正直、今後待ち構えているだろう、様々な事柄を経験して、今の自分が《核》だと思っているものが覆されるのではないか、という不安もあったりするのですが、でも心のどこかでは、《変化》することに対してあまり不安をいだいていない自分もいるような・・・・・・。。ちょっと矛盾していますが・・・・・。。(笑)

いずれにしても、《将来、或いは未来》というものに対して、あまり悲観的にはなれない私がいます。。→かといって《楽観的》という表現も適切ではないのですが・・・・どちらかというと、未来はどうなっているんだろう??という《好奇心》の方が強いといった方がいいのかもしれません。。(笑)

ところでtokuさん、後半のコメントが非常に気になっております。。
tokuさんの娘さんにも何か変化があったのでしょうか??
頂いたコメントの内容から察することができない私ではありますが・・・・・。。
でも以前、親友から聞いて、すごく印象に残っている言葉に、《長女は父親の履歴書》という言葉があります。。
今改めてその言葉を考えて見ますと、あくまでも私自身のことになるのですが・・・・。。
生活をしていく中での《生きる技》、というものは母からの影響が強いなぁ・・・と思う反面、人生を生きていく上での《思想》というか、精神面に関するものは、父から与えられた影響が強いなぁ・・・と思うところがあります。。→あくまでも私の場合ですが・・・。。

成人してからも、年齢を重ねるごとに母と話す機会の方が多いのに、最近私の母は、半分嫉妬まじりに、でも半分うれしそうに、『織葉は本当にお父さんの女バージョンだわ。。』とよく言っていますよ。。(笑)
もしかしてtokuさん自身、私の母の言葉にあるような事を娘さんを見て感じたのかなぁ・・・と、勝手に想像してしまいました。。(笑)→違っていたらすみません。。i-238
2007/04/22(Sun) 01:10 | URL  | 怪獣ママ #-[ 編集]
怪獣ママさん

tokuです。
おはようございます。

伊織君の肺炎の状態はいかがでしょうか。
怪獣ママさん、体調は良いですか。

怪獣ママの長い、長が~い文章を、ジックリと読まして頂きました。

読後の第一印象・・・まづ思ったことは、
tokuはこれほど深く自分の子供のことについて一心に考えた事があっただろうか・・・・・。

怪獣ママさんの想いに深く心を打たれました。
その冷静な分析にも。


tokuが自分の子供を育てる過程で、無意識の内に感じていたことは、自分が親にしてもらったようにしていたなあ~・・・ということです。

根本的なところでの価値観や、これだけは譲れないという1点を確りと持つことの大切さを感じます。

人がどんなに辛くとも人間らしく生きていくことができるのは、心の中に感じる”愛”と、自分が信じることのできる”確信”にあるのだと思います。

様々なことがらに取り囲まれてい生き、生活をしている我々は、局面、場面に応じて幅のある考え、価値観、に基づいて行動するのでしょう。
その時に置かれている立場や、直面している問題の切り口や、場合によっては利害得失や、正義感や、人生観や、・・・・・。

そのように幅のある中に「核」となる1点、己が信じる1点を保持している人・・・・・。
そういう人ほどフレキシブルで柔軟な考えや行動が取れるような感じがします。
折れることなく、シナヤカに・しぶとく、生きていけるような感じがします。

建前ではありません。
形式ではありません。
格好をつけるのではありません。

心の中に、秘めたる”愛と確信”を持つことの大切さを感じます。

じあ~己はどうなのか?

今、tokuは、
子供に己が与えている(結果として重大な影響を与えていた)現実に直面して、驚愕しています。
子供本人はまったく意識していないでしょうね。

親は考えている以上に自分の子供に大きな影響を与えるようです。
このごろ富にそういう感じに囚われています。

だからこそ”愛と確信”なのだと思います。
良し悪しではありません、誤解を恐れずに言いますと正しいか正しくないでもありません。
”愛と確信”です。

伊織君がこの世に生を受けて・・・この惑星に他の生き物達とともに存在する意味・・・。
同じようにtokuの子供が存在する意味・・・。

怪獣ママの長い文章を読み終えて・・・
改めてそのことに想い至りました。
その意味で彼女に与えたtokuの影響の大きさに、うろたえてもいます。
親の抱える責任の一旦でしょう。


怪獣ママさん、
これは簡単に結論の出せるものではないですね。
お体を労わって、ご自愛くださいね。
伊葉ちゃんを抱きしめてあげてください・・・tokuの分も。

最後まで読んでいただきありがとうございます。
2007/04/20(Fri) 09:05 | URL  | toku(ワインおやじ) #-[ 編集]
コメントありがとうございますっ!!!

v-225《カリンさん》
カリンさん、応援ありがと~~♪
カリンさんにはコメントや、そしてカリンさんの写真!!私、いつもいつも励まされているよ~~!!
パパにもね、甘えてばかりなのよ・・・・・実は・・・。。(笑)
まぁ子育てに関しては、パパは時間的に一緒に子供たちと過ごす、ってことは無理なんだけどね。。
でもいつもブログは見てくれているし、私の気持ちもちゃんと理解してくれていますよ~~。。
心配してくれてありがと~~。。・・・・いや、っていうか、ごめんねぇ。。

それから教え子にはちゃっかり教えておきました!!カリンさんの写真館。。(笑)
だって本当に見て欲しい写真ばかりだからね。。
その後お互い忙しくて連絡とれていないんだけど、たぶん東京に戻ったと思うんだわ~~。。頑張ってくれたらうれしんだけど。。

また写真館に寄らせてもらうねぇ~~v-238


v-516《すみれさん》
すみれさん、ありがと~~!!
私はすみれさんの生き方そのものが私の希望に繋がっているんだよ。。→大げさでもなんでもなく・・・・マジに。。

今の私は母親としては、とにかく世間知らずの若輩者だと思います。。
そのつど、そのつど現状に合わせた対応を余儀なくされる事もこれからたくさん出てくると思う。。
もちろん、そういうことに対しては柔軟な姿勢で臨むつもりなんだけど、でも伊織クンの子育てに関して、根幹となる自分の想いを確認しておきたかった。。

この日記まとめたあと、ちょっとした動きがあってね、その事もまた日記にしておこうと思っているんだけど・・・・・・・・
でも伊葉チャンが実は、火曜日から肺炎にかかっていたみたいで、しばらく点滴のために通院しなきゃいけないのさ~~・・・。。(涙)
一応元気なんだけど。。
またしばらくはPCに向かう時間があんまり取れないかも~~・・・。。(/TДT)/

あ、それから引用の件、全然気にしないで~~!!(笑)
逆にうれしかったよーーーーー!!!!
↑もっともっと使ってくれ!(爆)

2007/04/19(Thu) 23:33 | URL  | 怪獣ママ #-[ 編集]
こんばんは~!
きゃー!教え子さんに写真館を・・・・?なんか恥ずかしいじゃん?プロ目指してる人に見られちゃうなんて・・・
でもさ、いつもありがとうね~!
ママさんに応援されるとほんとに嬉しいです!
それなのに・・・私の方はママさんに何て言えばいいのか判りません・・・ごめんね・・・ちょっと難しすぎて・・・
でもね、いつも影ながらなんだけど応援してるからね~
頑張ってねって言いたい気持ちと、あんまり頑張り過ぎないでって気持ちの両方なんだけどさ・・・
パパさんにもう少し甘えたりとか・・・できないんだろうね・・・
仕事で疲れてるからって思っちゃうよね・・・やっぱり・・・
でも、ママさんが心の中で思ってる事は話してあげたほうがいいと思います・・・
だって相手が何を思ってるのかわからない方が不安になるっていうか・・・
このブログをパパさんは見てるのかな?それならママさんの気持ちは伝わってるか・・・?
とにかく、今は体を大事にしてね。
そのくらいのことしか言えないんだけどさぁ・・・
あと、未来の事を悲観的に考えないって大事よね~
これからも楽観的に行きましょうね、お互いにv-441
2007/04/19(Thu) 22:25 | URL  | カリン #-[ 編集]
ちょっと難しい~~
おはよう~
コメント入れるの遅くなってごめんね~

選択は難しいと思うよ。ほんまに。
どの選択も間違っていないし、
その選択は、その人にとってベストなものなんだと思う。
ママが、選択した道に間違いはない。
どうか信じて突き進んでいって欲しい。

あくまでも私の場合...の話をします。
私は、守られて生きてくる事ができなかったんだけど
それが、わたしにとっては最高の環境だったと思うのね。
今となっては...なんだけど。
自分で色んな壁にぶち当たって、自分で考えて
試行錯誤を繰り返して来たから、今がある。確かに大変だよ。
でもそれは、自分自身でしか手に入れられないもの。
母親や先生が手に入れてプレゼントしてくれるものじゃない。

伊織君にとっては、いばらの道かもしれない。
ママさんにとってもね。
もしかしたら、ママさんの方がキツイかもしれない。
でも未来を信じて、お互い頑張って行こうね。

ママさんにお断りしておきたいことがあるの。
私の先日の記事のコメント欄で
ある方に、怪獣ママさんの言葉
伊織学の第一人者をそのまま
引用させてもらってコメントの返事を
しました。許可なしで使わせてもらっちゃったのです。
ごめんなさいね。
2007/04/19(Thu) 09:42 | URL  | すみれ #-[ 編集]
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2007/04/18(Wed) 12:46 | URL  | kil #-[ 編集]
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